施術歴12年 整体師
こんにちは。のぞみ整体院の羽生です。
1989年、千葉県香取市佐原に生まれました。
皆さんは伊能忠敬という人物をご存じでしょうか。そうです。日本地図を書いた人です。その人の育った町でもあります。他にも関東屈指のパワースポット”香取神宮”があり、ユネスコ無形文化財に登録された”佐原の大祭”など、誇れる文化が沢山ある町です。まだ行ったことない人は是非来てください。うなぎが美味しくて有名ですよ。
私は小・中とバスケをやっていたのですが、地元の高校に入ると男子バスケ部が無く(元々女子高で共学になって3年目だったため)、どうしようかと迷っているところ、親友から「一緒に弓道をやらないか」と誘いがあり、また、私の兄も弓道部だったため、それらの道具一式を譲り受け弓道部に入ることを決めました。というのは建前で、本当は他の運動部に比べて楽そうだったからとは口が裂けても言えません。
たまたま弓道の才能があったのか、高校2年の時に国体選手になりました。こう聞くと、おぉすごいと思われるかもしれませんが、そもそも共学になったばかりの高校で、男子用の弓があるわけでもなく、学校にあった女性用の弓を借りて、兄の道具を使い、伝統校のような歴史も洗練された稽古も無く、ただただ日々漫然と弓道をしていた私にとって、これは衝撃的な体験でした。つまりただの運がいいヤツだったのです。
それからというもの、大会へ出るまでの期間はいわゆる強豪校と一緒に練習をして、今まで精々多くても一日20本しか引かなかったのを、毎日コンスタントに100本以上引くようになり、それによる疲労で右肘を壊してしまいました。おかげさまで大会ではいい結果が残せたものの(残せたんかい)高校卒業までずっと痛いままでした。
大学へはスポーツ推薦で入学しました。高校の時のような甘っちょろい練習とは比べ物にならないくらいキツイ練習が待ち構えていたのですが、今の時代ここに書くと大変そうなので止めておきます。
相も変わらず痛みを抱えながら練習する日々、少しでも痛みが減るようにとカラダの使い方や筋肉の構造、食事に至るまで様々な事を勉強していきましたが、中々良くならず辛い日々が続きました。そんな苦境の中で出会った光。一般的な言葉で言うところの”カノジョ”が私を癒し、、、てはくれませんでしたがとにかく激励してくれました。そのおかげもあってか、弓道王座決定戦という箱根駅伝的な感じの大会へ出ることができました。とても嬉しかったです。なってったって弓道の王座を決める戦いですからね。そのままですね。
とにかく、痛みと共に駆け抜けた学生時代でしたが、これだけ長い間痛みが続くと頭もおかしくなってきて、患部を叩いて感覚をマヒさせようとしたり、ゴムバンドでぐるぐる巻きにしてみたり、今思えば何をやってんだというような行動をしていました。このページを見ている皆さんもそのような経験があると思います。もちろん病院や整骨院・整体、色々なところへ行った上でです。痛みがずっと続くと気がおかしくなってきますよね。だから自分で治すことにしました。
それがこの業界へ入ったキッカケです。
痛みというのは中々人には伝わらないですよね。皆さんの胸の内に秘めた感情を私に伝えてください。それを受け止め必ず良くしてみせます。
最後になりますが、大学時代の”カノジョ”実は初彼女だったのですが、卒業後の愛も変わらずそのまま結婚しました。なんて一途なんでしょう。素晴らしいですね。自分を褒めてあげたい。学生時代はふかふかのカーペットを触ると「羽生の髪の毛みたいで気持ちいい~」なんて言っていましたが、今では尻に敷かれてまるでカーペットそのものになっています。そのうち髪の毛も無くなることでしょう。でも可愛い息子と娘のために父ちゃん今日も頑張ります。あっ、ごめんなs
羽生尚弥

